長野県出身。東京工芸大学芸術学部マンガ学科卒業。アシスタントを経て漫画家デビュー。『王太子様、私今度こそあなたに殺されたくないんです!~聖女に嵌められた貧乏令嬢、二度目は串刺し回避します!~』([漫画]おしばなお[原作]岡達英茉[キャラクター原案]先崎真琴)はシリーズ累計185万部を記録。2025年11月に舞台化され、2026年2月27日には第9巻が発売される
漫画家とモデルの二刀流は 「窓口」広げてチャンスつかむ

MAGAZINE
/ ALUMNI BIOGRAPHIES
Vol.13
おしばなお
漫画家
国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追う連続インタビュー企画。第13回はマンガ学科卒業生の漫画家・おしばなおさんだ。「みんながライバル」という環境で切磋琢磨した学生時代のエピソードから、漫画家デビュー、作品の舞台化に至るまでの経緯を聞いた。
アシスタントは同級生…教室が漫画の制作現場だった
漫画家に幼少期を振り返ってもらうと、「子どもの頃から絵を描くのが好きだった」という言葉が返ってくることは多い。だが「物心ついた時には、すでにセリフのある絵を描いていた」と言い切られたのは、私の長い取材経験の中でも初めてかもしれない。
おしばなお:キャラクター2人が会話する絵ですね。頭の中で勝手に物語が動いていて、その「動く感じ」がずっと好きだったんだと思います。父が持ってきたコピー用紙に、漫画を描き続けていました。
中学生になると美術部に入り、漫画とは違う絵も描くようになった。
おしばなお: 県展で特選に選ばれたり、文化祭のステージの背景に使われたりすると、「あ、絵って人に届くんだ」って実感が出てくるんですよね。
そして、コピー用紙に描いていた漫画は「単行本」へと進化していく。
おしばなお: コピー用紙を折りたたんで、ホッチキスで留めて、1冊にするんですよ。
まさに製本作業だ。
おしばなお: 授業中に回してみんなが読んでくれて、連載みたいになっていました。国語の先生も授業中なのに「読ませてよ」「続きが気になる」って言ってくれて。怒らない先生でしたね。友だちの中には「手伝うよ」って言ってくれる子も出てきて、色を塗ってくれたり……専属のアシスタントみたいでした。
「分業」と呼ぶには、あまりにピュアだ。
だが、そこは確かに「制作の現場」だった。描く人がいて、手伝う人がいて、読者がいて、次回を待つ人がいる。ここで芽生えたのは、技術だけではない。「作る」ことが誰かとの関係を生む——その手応えも、確かに刻まれていた。
大学への進学を希望したのは高校3年生の時だった。
おしばなお: 京都にも漫画に強い大学があって迷ったんですが、単身赴任で東京にいた父が「東京のほうが安心だから」って言ってくれて。それで決まりました。
入学したのは東京工芸大学芸術学部マンガ学科。大学3年生の時には、ゼミの先生が出版社に推薦してくれたことがきっかけで、グルメ漫画の連載も始めた。多忙な日々が続いた。
おしばなお: 大学に通いながら連載の原稿も描いて、アルバイトもして……本当に忙しかったです。でも、あの時期の「回し方」が、今にも生きてる気がします。忙しい中で、どうやって作るかを身体で覚えていきましたね。
厳しい講義が才能を鍛える——公開評価の緊張感
大学で印象に残った授業として、おしばなおさんが挙げるのが「キャラクターデザイン」の講義だ。たとえば仮想のクラスメイトを30人作り、それぞれの履歴書まで作る。それを1日で提出し、講評は受講者全員の前で行われたという。
おしばなお: みんなの前で名前を呼ばれて「あなたはA+」「あなたはB」と評価されるんです。厳しかったので、やめる人も多かったと思います。私も最初は苦手でした。でも、漫画はキャラクター設定が重要なので、いい訓練になりましたし、今の自分につながっていると思います。何よりキャンバスの裏に先生が赤字で書いてくれたコメントがうれしかったし、先生に言われたことは「確かにそうだな」とうなずけるものばかりでした。
また、「鳥獣戯画」を見てストーリーを組み立てる講義も印象深かったという。キャラクターとストーリー。漫画に必要なエッセンスを厳しい環境で学べたことが、その後の飛躍につながっていったようだ。
ところで、この同窓会サイトの卒業生インタビューでは、「学生時代の共同作業がいまに生きている」という話が多い。だが、おしばなおさんのケースは少々違う。
おしばなお: 大学の友達とは仲は良いのですが、ちょっとライバル心がありましたね。評価が目に見える講義が多かったので、グループはあるんですけど、どこか壁がある感じでした。
この「ライバル心」は卒業前後にも見え隠れした。
おしばなお: いつも一緒にいたメンバーが、すぐ漫画家デビューしたんです。ご飯を一緒に食べていたら「ごめんね、先に」みたいに言われて……悔しかったですね。でも、いつか巻き返してやると思いました。
落選直後、運命を変えた編集者からの連絡
累計150万部のシリーズ『王太子様、私今度こそあなたに殺されたくないんです!~聖女に嵌められた貧乏令嬢、二度目は串刺し回避します!~』。2月27日に第9巻が発売される([漫画]おしばなお[原作]岡達英茉[キャラクター原案]先崎真琴)©おしばなお・岡達英茉・先崎真琴/講談社
おしばなおさんは就職活動をほとんどしないまま、大学を卒業した。不安はあったものの、「漫画家になりたい」という初心を曲げることはできなかったという。
卒業後は賞に応募しながら、有名漫画家のアシスタントとしてプロの現場に入って学ぶ日々が続いた。
おしばなお: 漫画業界は長時間労働で、お給料も安いし、結構ハードなんです。近年は一般企業だと法令遵守とか働き方の意識が高いじゃないですか。でも漫画業界は、そうじゃない状況がまだ残っているのも事実で。それでも「学べることがある」って思って、食らいついていた感じですね。
応募作が最終選考まで残ったものの落選……アシスタントをしながら次回作を描くことになったわけだが、SNSでの書き込みがきっかけで既知の講談社の編集者から連絡が入った。「作品を見て、絵が気になると言ってくれている原作者がいる」。
おしばなおさんは原作を読み、コミカライズに挑戦したいと思った。人気原作ゆえコンペになったが、新人でありながら見事に勝ち取った。
その作品こそが、『王太子様、私今度こそあなたに殺されたくないんです!~聖女に嵌められた貧乏令嬢、二度目は串刺し回避します!~』。デビュー作にして、のちに累計150万部に達するヒット作となった。
コミカライズの話が決まった半年後、アシスタントを辞めた。念願の漫画家デビュー。大学卒業から約1年半、急転直下の出来事だった。
初めてもらった原稿料で、両親を軽井沢に招いて食事会を開いた。
おしばなお: 結構いいレストランに行ったんですけど、母がかなり酔っ払ってしまって。あれは忘れられないですね(笑)。
学生はサークル活動をやっている場合じゃない?
ところで、おしばなおさんには見逃せない経歴がある。モデル活動だ。大学3年生の時、長野のミスコンでグランプリを獲得。その動画が東京の事務所の目に留まったのだ。
コンテストに応募したのは母親で、自分の意思ではなかった。
だが、本人としては「窓口」を増やす大切さを感じたという。
おしばなお:私はもともと目立ちたがりではないんです。でも、SNSなどで知ってもらえたら、いずれ自分の漫画も見てもらえるかもしれない。「窓口」が多いほうがチャンスは広がる。だから、自分を出そうっていう発想になりました。実際、いろいろな方とつながることができたので。
そうした人と人のつながりは、思いがけない展開を生んだ。
2025年11月、都内のホールで舞台「王太子様、私今度こそあなたに殺されたくないんです!」が上演された。とある舞台を観に行ったことがきっかけで、プロデューサーと知り合い、あれよあれよという間に舞台化の話が決まったのだ。
おしばなお: ひょんなつながりからいただいたお話で……ご縁ってすごいなと思いました。舞台会社さんが意見を求めてくださるので、衣装監修やビジュアル撮影、キャスティングや脚本など幅広く携わらせていただきました。
デビュー作『王太子様、私今度こそあなたに殺されたくないんです!〜聖女に嵌められた貧乏令嬢、二度目は串刺し回避します!〜』の単行本第1巻が世に出たのは2022年5月。そこからわずか3年半の出来事である。
実に短期間で飛躍を遂げたおしばなおさんだが、その間に濃密な下積み生活も重ねてきた。そして今や、アシスタント4人を抱える漫画家となった。
おしばなお: みなさん地方在住で、リモートで手伝ってくれています。「◯◯っぽいタッチで」と言っても伝わらないことがあるので、資料を用意して渡すようにしています。人の頭の中を共有するという、たいへん難しい作業をしてもらっているので、なるべく伝わりやすいように心がけています。
かつてコピー用紙を使った漫画の制作チームは、いまやオンラインのグループへと形を変えた。本人の制作の中心にあるのはiPadで、作画場所を選ばない。
実はこのインタビュー取材の直前、おしばなおさんから担当編集者の元に原稿が送信されてきた。だが、本人の姿が見えないことから、現場は「え?今どこ?」「まさか自宅?」と一瞬、騒然としたのだが......。
おしばなお: 移動中のタクシーの車内でiPadで描いていたんです(笑)。
時間を有効に使い、出会いの窓口を広げ、ときに厳しい環境に身を置くことも。
おしばなおさんは学生時代を振り返りつつ、漫画家志望の学生にこんなメッセージを寄せる。
おしばなお: 漫画家になりたいなら、在学中にプロの漫画家のアシスタントを経験したほうがいい。それが近道。「サークル活動をやっている場合じゃない」と言ったら言い過ぎかもしれないけど、大学の外にも出たほうがいいと思います。
そういう私も、大学の1年目は実行委員会やジャズなどのサークルに入っておりましたが(笑)、片手間に漫画は描けないと思いすぐ辞めたんです。
ただし、それは決して「遊ぶな」という意味ではない。大学という「猶予期間」をどう使うか、という助言である。
おしばなお: 大学生のメリットは、子どもと大人の間の猶予期間だと私は考えています。ここでしか経験できないことがあるし、大人になったら責任が生まれる。その前にやりたいこと、やれることをのびのびとやっていいと思うんです。
遊べる時期にこそ外へ出る。どこかで「きっかけ」をつかむ。そのための行動を、大学生は許されているということだろう。
おしばなお: 私は大学で学んだだけでは、デビューはできませんでした。でも、「大学4年+アシスタント1年」で漫画家になれました。本当になりたいなら、大学に通いながらアシスタントをすることもできるはず。実際にアシスタント募集の求人が大学にあるので、覚悟しつつ、可能性を取りに行ってほしいですね。
取材・文:佐々木広人
撮影:影山あやの
