使用されているテンプレートファイル:single-biography.php

国内外で活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第5回はデザイン学科卒業生でイラストレーターの黒田愛里さん。浪人時代の偶然の出会いから一念発起して夢をかなえるまでを聞いた。

国内外で活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第5回はデザイン学科卒業生でイラストレーターの黒田愛里さん。浪人時代の偶然の出会いから一念発起して夢をかなえるまでを聞いた。

第5回 イラストレーター

黒田 愛里 くろだ あいり

1989年、東京都生まれ。 2013年、東京工芸大学デザイン学科を卒業。第10回TIS公募で入選、第11回で審査員賞を受賞。雑誌や書籍、広告のほか、国内外のアパレルメーカーとのコラボレーションなど幅広く手がけている。

描けた作品を武器に積極的に動き
機会を逃さず「夢」へとひた走る

落書きを見た先生が美大進学を勧めた

柔らかな太陽光が回る白い空間。そこに鮮やかな色彩のイラストが大小さまざまに展示されているーー。

今回の取材は黒田さんが個展を開催する東京・西荻窪のギャラリーで行われた。

黒田:この空間に来て「元気になる」「幸せな気持ちになる」と言われるとうれしいですね。気持ちがポジティブな方向に気持ちが動いてもらえるのは、なんか自分自身のイメージが伝わっている気がします。

目一杯明るい色合いに、デフォルメされたキャラクターたち。これらがあいまって緊張感を解き、見ていると「ほっこり」した気分になる。

この作風はどうやって生み出されたのか。

過去に遡って話を聞くと、意外なエピソードに行き当たる。

黒田:高校生の時、地理の先生に落書きを見つけられたんです。怒られるのかと思ったら先生が言ったんです。「君は美大に行ったほうがいいんじゃないか」。授業そっちのけで描いた集中力を買ってくれたのかもしれません(笑)。

落書きは教諭や同級生の似顔絵だったり、歴史上の人物の肖像画に髭を描き加えたりしたもので、写実的というよりはかなりデフォルメされたものだったという。

高校時代は一時期、美術部に所属していたが、3年間「全力投球」したのは軽音楽部だった。ロックバンドでボーカルを担当。その一方で、自分たちのバンドのTシャツやCDジャケットの制作に夢中になったという。

黒田:高校卒業後、2浪したのですが、半年ほどで予備校を辞めてしまいました。私立の美術大学を目指すコースに通学していたのですが、色彩構成やデッサンの授業も全然楽しくなくて。フリーターになり、バンド活動を続けていました。

「学展委員会」のインスタレーション。作品の写真は大学広報誌「えんのき」の表紙を飾った(写真提供:東京工芸大学入試課)
「学展委員会」のインスタレーション。作品の写真は大学広報誌「えんのき」の表紙を飾った(写真提供:東京工芸大学入試課)

「運命の出会い」で一念発起して工芸大へ

フリーター生活中のある日、運命の出会いが待っていた。

黒田:バンドの練習をしていた下北沢で、インディーズのバンドのライブをよく見に行くようになりました。あるバンドのアートワークや音楽の世界観に感動したのですが、そこに東京工芸大のメンバーがいたことを知ったんです。写真学科に進学した中学時代の同級生が楽しそうだったこともあり、工芸大に興味を持ち、「頑張ろう」という熱が戻ってきたんです。

一念発起した黒田さんは翌年、東京工芸大に見事合格する。

黒田:あの出会いがなければ、私はずっとフリーターだったかもしれませんね。

大学時代はものすごく全力で遊んで、全力で制作していましたし、大学生の中でも大学生活を相当謳歌したなという自負がありますね。

一方、積極的に活動したのが「学展委員会」。芸術学部(1、2年次)が厚木キャンパスにあった頃の学友会組織で、学部や学科の垣根を越えて学内外の展示イベントを実施していたという。

 

学校の廃材や廃棄物を積み上げたインスタレーションも展示した。

黒田:これをよくやらせてくれたなと今になって思います。廃材は倉庫にたくさんあったんです。音声収録した「学校のあるある」をスピーカーから流していましたね。

アーティストは作品制作がメインだが、ここではいわゆる「裏方」「運営」も学べたという。

黒田:委員会の方々がとても優秀で、「こういう展示をやりたい」という情報を投げると、しっかりした企画書にフォーマット化してくれたんです。企画書をしっかり書くことの大切さや、運営に関する細かなことを実践的に学べて本当に勉強になりました。

TIS公募展で入選した学生時代の作品(画像提供:黒田さん)
TIS公募展で入選した学生時代の作品(画像提供:黒田さん)

自分で動いた分だけ作品を知ってもらえる

着々と展示の機会を増やしていく黒田さん。3、4年生にもなると、コンペや公募展にも応募するようになった。TIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)の公募展では連続入選を果たした。

入選作の1枚が上の画像。作品のタイトルは「経堂のエクセルシオールで寝ない方法」ーー。

黒田:当時、通っていた経堂駅前のエクセルシオールカフェの居心地がいいので、いつも眠くなるんですね。ふと「みんなは寝ないでどうしてるんだろう?」と思って、周りをひたすら観察し、そこからイメージを湧かせて描いた作品です。

黒田さんの作品づくりの話で繰り返し出てきたキーワードがある。「人間観察」と「半径5mぐらいの日常」。ちなみに都内には「人間観察のお気に入りスポット」が複数箇所あるという。

黒田:高校生の時から通っている駅前のお店は、1階の角席が全面ガラス張り。駅で待ち合わせする人を4時間ぐらいずっと見ていられるほど好きなスポットです。待ち合わせする前と後の顔の変化が一番好きですね(笑)。

色使いに関してはヘアカラーやファッションのような感覚で気分に合わせた配色になるそうだ。この等身大で紡ぎ出される世界観が、作品を親しみやすくさせているのかもしれない。

ところで、大学卒業後の黒田さんはどうだったのか。

黒田:代官山のギャラリーでアルバイトを始め、4年ほど働いてからは店長を務めました。もちろん個展も開いていましたが、展示作品以外のこと、たとえば物販の大切さなど、ギャラリーの運営側の学びが多かったですね。自分が個展を開く時にもとても役に立ちました。
ギャラリーで働いたのはシンプルに考えたうえでの結論です。「イラストレーターで食べて行きたい」「そのための必要な経験は何か」と。それらを知るためにギャラリーは最適です。

作品の「売り込み」も行うようになった。しかも、自ら好んで積極的に動いたそうだ。

黒田:自分が動いた分だけ作品を知ってもらえるので、自分の作品を「好き」と言ってくれる人を見つける旅のように感じていました。描けたものを武器に積極的に動くほうが自分の性格にすごく合っています。「とにかく動いて経験を積むことでさらに力をつけよう」という考え方なんですね。

「ニュウマン新宿」ウィンドウディスプレイの展示作品。タテ約2.8m×ヨコ約4.3mと圧巻のサイズだ/Masayuki Matsubayashi|(MIKAN Inc)
「ニュウマン新宿」ウィンドウディスプレイの展示作品。タテ約2.8m×ヨコ約4.3mと圧巻のサイズだ/Masayuki Matsubayashi|(MIKAN Inc)

大型商業施設で「夢」のウィンドウ展示を実施

学生時代から現在に至るまで作品のトーンも変わったのも、そうした影響があるようだ。

黒田:学生時代はポートフォリオに載せる作品が限られますが、様々なアドバイスをもらうことで、自分は人物描写やカラフルなものが好きという共通ポイントが絞れてきました。そこを自分で伸ばして行けば、絵柄が変化しても自分らしさは変わらないんです。お仕事をもらえることはすごくうれしいことだし、それが自信にもつながります。そうやって自分の作品が世に出て、またお仕事につながる。自分の作品がどんどん世の中に広まっていくんですよね。

そして2024年3月、黒田さんはウィンドウディスプレイという「夢」を実現する。場所はJR新宿駅に連結するニュウマン新宿(NEWoMAN)。2階のコンコースの入口横に、イラストの巨大な立体作品が3カ月半に渡って展示されたのだ。

黒田:作品の前を通りがかるのは一瞬の出来事なんですけど、日々忙しく過ごす人たちに向けて、煌びやかさと、ちょっとした安らぎを与えられたらなと考えて制作しました。山々の自然の中で穏やかに過ごす時間をテーマに、空間の中には緑色を多めに取り入れました。

確かに色こそ鮮やかだが、自然の中で人間と動物たちが思い思いに過ごしていながら、仲睦まじく身を寄せているような「ほっこり」する作品だ。展示こそ大きくなったが、等身大の感覚と「人物」と「カラフル」という軸はまったくブレることがないようだ。

そんな黒田さんが思うことはーー。

黒田:自分の好きなことを知っていれば知ってるほど強いですよね。私の場合は人間観察ですが、それがイラストに通じなくても全然いいと思います。音楽だっていい。もしそれがなかったとしても、何かを続けることは他の人にとって難しいことかもしれません。朝早く起きて学校に行くことだって、当たり前のようですが、実はものすごく立派なことです。大事なのは自分の強みを知っていることだと思います。好きなことや得意なことを伸ばしていけばいいと思うんです。私も先生に怒られたことは忘れましたが、褒めてもらったことはちゃんと覚えています。褒めてもらった分、頑張ることが大切なんじゃないかと思いますね。

取材・文:佐々木広人
撮影:影山あやの

TOP