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国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第11回目はインタラクティブメディア学科卒業生の薄葉柾人さんだ。オーディオビジュアルの映像制作や体験型コンテンツの開発など、今でこそデジタル表現の最前線で活動する薄葉さんだが、大学進学までは自然と野球とギターが好きな文系少年だったという。いったい、何がどうなって現在の道に進んだのか。その道のりを聞いた。

国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第11回目はインタラクティブメディア学科卒業生の薄葉柾人さんだ。オーディオビジュアルの映像制作や体験型コンテンツの開発など、今でこそデジタル表現の最前線で活動する薄葉さんだが、大学進学までは自然と野球とギターが好きな文系少年だったという。いったい、何がどうなって現在の道に進んだのか。その道のりを聞いた。

第11回

薄葉柾人 うすば まさと

1997年、神奈川県生まれ。東京工芸大学芸術学部インタラクティブメディア学科卒業。幼少期から自然やゲームに親しみ、大学在学中は北海道での野外インスタレーションや卒業制作「擬死照明」など、アナログとデジタルを融合させた作品を多数制作。2020年、株式会社たきコーポレーションに新卒入社。2024年から株式会社ワントゥーテン(1→10,Inc.)に所属し、体験型コンテンツの開発やリアルタイム映像制作など、新しい体験づくりに挑戦している。

アナログの感性をデジタルで昇華する
体験型表現の現在地

自然環境とゲーム機で得た、現在に通じる「感覚」

(画像提供:薄葉柾人氏)
(画像提供:薄葉柾人氏)

暗い会場でVJとミュージシャンが機材を操作しながらパフォーマンスを披露する。背後の大型LEDスクリーンには、赤や青の光の粒が織りなす有機的な映像が広がり、音楽に合わせて複雑に動き回る。観客は前景にシルエットとして映し出され、まるで光の中に包み込まれるような臨場感が演出されているーー。

これは2023年に開催された「0 // Public Visuals Tokyo x TDSW」というオーディオビジュアルイベントで、薄葉さんがVJとして出演し、映像を担当したステージの一場面だ。

そんな薄葉さんの幼少期はどうだったのか。

薄葉:僕は神奈川県大和市の出身で、自然と住宅街が程よく混在したエリアに住んでいました。子どものころは父親と森に行ってザリガニ釣りをしたり、クワガタを捕まえたりして遊んでいましたね。自然の中で遊ぶことと同じくらい好きだったのは、ゲームです。最初に買ってもらったゲーム機はゲームボーイアドバンスで、ポケモンをよくやってましたね。小学校3年生ぐらいだったかな。そのあとPSPで『モンスターハンター』に夢中になり、友達と毎日集まって通信して遊んでました。

ここまでは「よくある話」かもしれない。だが、この話の続きに薄葉さんの現在地が垣間見えるようだ。

薄葉:当時はバグを利用してゲームの裏側に入り込む遊びが好きだったんです。結果的にそれが、3DCGやプログラミングに興味を持つ最初のきっかけになっていたように思います。それ以外にもゲームには、ユーザーに楽しく魅力的な体験を届けるためのエッセンスが詰まっている。その感覚は、今やっているARやインタラクティブコンテンツの開発にも直結していますね。

中学時代は野球部に所属していたが、バンドも好きで音楽にのめり込むようになった。

薄葉:野球部ではあったんですが、中学2年生の頃、ギターを買ったんです。RADWIMPSをコピーしたくて、初心者セットをお小遣いで買って練習していました。そんなに上手くはなれなかったけど、自分で音を鳴らす感覚がすごく新鮮でした。

高校では野球は ケガをきっかけに本格的に続けることを断念。軽音楽部に入り、コピーバンドを組んで活動。やがて「自分の作ったもので生きていきたい」という漠然とした想いが芽生えたという。

薄葉:高校3年生の頃から、自分の作ったもので生活していきたいと思うようになったんです。作曲などはその頃からかじっていましたが、当時はまだ「これだ」という道が決まっていたわけじゃなかった。だから、専門学校で音楽だけを学ぶよりも、いろんな表現を学べる大学に進もうと考えたんです。

東京工芸大学インタラクティブメディア(IM)学科を選んだ理由も、音楽だけにとどまらない幅広い表現に触れられる環境だったからだ。

薄葉:IM学科は音楽だけじゃなく、CGや映像、プログラムまで幅広く学べるんですよね。「音楽を学びつつ、他のこともできる」というのがすごく魅力的でした。

卒業制作では自然界の動きをデジタルで表現

学生時代の多様な体験がその後、様々な技術に対するハードルを下げてくれたという薄葉さん
学生時代の多様な体験がその後、様々な技術に対するハードルを下げてくれたという薄葉さん

薄葉:IM学科はCGをやりたい学生が多くて、アニメが好きな友達が周りにたくさんいました。でも、僕自身はアニメにはそんなに詳しくなかったので、コンテンツに対する熱量に圧倒されると同時にその夢中さが大事なんだなと刺激にもなりました。

大学1年生の時にProcessingというビジュアルプログラミングを学ぶ講義があって、音にも反応させることができてそれがめちゃくちゃ面白かったんです。大学でプログラミングの基礎を学べたことは非常に大きかったですね。ただ、当時全く興味が無かった3DCGはどうしても苦手で、挫折しました。それでも、社会人になって必要に迫られた時にはすぐに覚えられました。やはり経験しておくことは大事だなと痛感しましたね。

思い出深いのは冬の北海道での屋外制作だという。

薄葉:ゼミで2月に北海道に行って展示をしたんです。氷点下の中、雪でかまくらを作って中に灯籠のような照明を仕込みました。お客さんが持ってきた私物を入れると、その色に合わせた炎の形をした光が内部を染める、という作品でした。現地の雪や氷を活かした作品づくりは、本当に大学生ならではの体験でしたね。

卒業制作の作品の名前は「擬死照明」。人感センサーを巧みに使った照明作品で、近づく人の動きに反応して光や羽のようなパーツが変化する。まるで生き物を思わせる作品だった。

薄葉:人が動くと照明が驚いたように明滅して、風を送るファンも止まるんです。逆にじっとしていると、照明は「安心した」ように再び羽を震わせる。虫の生態を、デジタルでシミュレーションした作品でした。「擬死」は、虫が外敵から身を守るために死んだふりをする習性。その動きを照明にしたら体験として面白いんじゃないかと思ったんです。虫や動物の生態といった自然界の動きを別のものに置き換えて表現するのが好きなんですよね。

幼少期の体験が思わぬ形で活きてきた格好だ。

そんな薄葉さんは2020年、広告やWEBのデザインで知られる株式会社たきコーポレーションに入社する。職種はインタラクティブコンテンツエンジニア。「空間×デジタル表現」を極めようとしていた。

ところが、その志をコロナ禍が邪魔立てした。

薄葉:本当は空間を使った体験型コンテンツの開発をやる予定だったんです。でも、入社してすぐにオフラインイベントが全部中止になってしまって。最初は正直、かなり戸惑いました。

最初に任されたのは、オンライン授業用のデジタル教科書を作るWeb開発案件だった。

薄葉:大学ではWeb制作をメインにやってなかったので、最初は不安でした。でも、当時の先輩が本当に優秀な方で、コードレビューも丁寧にしてくれたんです。ここでも大学でWebの講義を受けていた経験に助けられたなと思います。

でも、入社2年目以降は、ARコンテンツやWebと連動した体験型コンテンツを開発する機会が増えました。商品のパッケージにスマホをかざすと3Dアニメーションが浮かび上がるようなAR体験を作ったりしました。この頃が一番、技術的な吸収量が大きかったですね。

徐々に、薄葉さんが本当にやりたかった「空間×デジタル表現」に近づいていった。

実際、その活動は広がりを見せていく。

システム開発と空間演出、そしてメディアアーティストへ

株式会社ワントゥーテンに移籍して初めての仕事は年末のCOUNTDOWN JAPAN 24/25と年始のrockin'on sonicの会場内喫煙ブースの映像制作、システム開発だった(画像提供:株式会社ワントゥーテン)
株式会社ワントゥーテンに移籍して初めての仕事は年末のCOUNTDOWN JAPAN 24/25と年始のrockin'on sonicの会場内喫煙ブースの映像制作、システム開発だった(画像提供:株式会社ワントゥーテン)

2024年、薄葉さんはワントゥーテン(1→10,Inc.)に移籍した。もっと「空間を使ったインタラクティブな体験」を極めたいという思いが募ったからだ。

薄葉:今はリアルタイムの映像制作や、センサー等を駆使したデジタルコンテンツを手がけています。映像も音も空間も一体になって動く瞬間は、本当にゾクゾクします。

もちろん、制作の過程では生成AIとも向き合っている。

薄葉:最近では仕様に関するAIからの提案や、コードの自動補完で試作をスピードアップしたりしています。そのおかげで、一番大事な人間だからこそ感じられる驚きや心地よさみたいなUXの部分に時間を割くことができるようになっていますね。

薄葉さんは今、会社の仕事のみならず個人でも活動を広げている。その様子を伝えたのが冒頭で見せた画像だ。

薄葉:プライベートでも、VJとしてオーディオビジュアルイベントに出演したり、展示やオフィス等のサイネージに投影する映像を制作するなど。学生時代にやりたかったことが、社会人になってようやく形になってきた感覚がありますね。個人製作で得た知見を会社での業務に応用できるような流れが今後もできると良いなと思っています。

実際、その才能はデジタルアーティストとしても認められつつある。TOKYO NODE LABとNEORTが協業する公募企画「DIGITAL SPRINGBOARD」。このプロジェクトの第一回で、薄葉さんのデジタルアート作品が選出され、虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEのサイネージに展示されたのだ。

薄葉さんが手がけた虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEのサイネージ(画像提供:NEORT)
薄葉さんが手がけた虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEのサイネージ(画像提供:NEORT)

データや技術をただ操るのではなく、人の感覚や自然の営みと共鳴させて体験へと昇華する──。薄葉さんは常にその視点に立っていると言える。アナログとデジタル、個人と社会、自然と都市。その境界を軽やかに横断しながら、新しい表現の可能性を切り拓き続けている。

取材・文:佐々木広人
撮影:影山あやの

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