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国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第9回はクリエイティブディレクター・CMプランナーの吉兼啓介氏。大学時代の思い出や、話題のCMの誕生の背景などについて語ってもらった。

国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第9回はクリエイティブディレクター・CMプランナーの吉兼啓介氏。大学時代の思い出や、話題のCMの誕生の背景などについて語ってもらった。

第9回 クリエイティブディレクター・CMプランナー

吉兼 啓介 よしかね けいすけ

1986年、山口県生まれ。東京工芸大学芸術学部デザイン学科卒業後、博報堂に入社。オープンハウス、マクドナルド、資生堂など多くのCMを手がける。ACC賞(ゴールド・シルバー・ブロンズ)、TCC賞、TCC新人賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト(2020年)、広告電通賞、朝日広告賞、ギャラクシー賞、MVA BEST VIDEOなど数々の受賞歴がある。東京工芸大学では非常勤講師も務めている。

CMは「面白く、わかりやすく」
共感から始まるクリエイティブ哲学

制作の原点は中学時代のクラブ活動

日清食品「ラ王」、AGC、中外製薬、東京ガス、日本郵便、HONDA「FREED」、そしてオープンハウス…..これらのCMのうち一つぐらいは、みなさんも一度は目にしたことがあるかもしれない。

これらを手掛けたのが、今回登場する吉兼啓介氏だ。CMプランナーとして企画立案を担う立場であり、クリエイティブディレクターとして制作全体を統括する立場でもある。

広告の世界に興味を持ったきっかけは、意外にも中学時代の課外活動にあった。

吉兼:部活動以外に学校でクラブ活動があって、たまたま「CMクラブ」に所属したんです。校内のクラブなどを紹介するビデオを制作するという活動で、自分たちで映像を撮影して編集するんです。小さな映画監督になったような気分で、野球部と掛け持ちしながら、放課後に撮影していましたね。

中学生にして、早くもCM制作の醍醐味を味わう出来事があった。

吉兼:ウチの実家が製麺所だったので、その製品をテーマにCMを作ってクラブ内で上映したんです。投票で1位になって、クラス中が笑ってくれた。家族も喜んでくれて、自分もうれしい。みんながHAPPYになれるっていいな!と思った瞬間でした。

振り返ると、ウチの親父が呑兵衛で、幼い頃からよく居酒屋に連れて行かれたんですよね。そこで大人たちの会話を聞いて、どういった言葉にどう反応するのかを見ていたので、そういう経験が生きたのかもしれません(笑)。

映像に興味を抱きつつ、高校時代は「真剣に甲子園を目指していた」というほど野球に打ち込む日々だったという。

吉兼:坊主頭で、毎日泥だらけでした。結果的に甲子園という夢はかなわなかったんですが、真剣に一つのことに取り組む姿勢は、今の仕事にも生きているかもしれません。

野球部引退後、美術の道を志した。中学時代の記憶や美術の授業での楽しさが重なって、自然と「美大を目指そう」と思うようになり、デッサン教室にも通った。そして東京工芸大学に合格した。

自身が制作したCM動画を解説する吉兼氏
自身が制作したCM動画を解説する吉兼氏

学生時代の仲間は今も刺激し合う存在に

入学当時、東京工芸大学芸術学部のキャンパスは神奈川県厚木市にあった。

吉兼:最初は「東京じゃない。ダマされた!」って思いました(笑)。でも、キャンパスは広くてきれいで、写真学科や映像学科、メディア学科、工学部など、いろんな分野の学生が集まっていて、学科の垣根を超えた交流が盛んだったんです。

4年生のときには、複数学科の学生が共同で作品を作るグループ展を開催。「五感」をテーマにしたインスタレーション作品を発表した。

吉兼:僕が担当したのは「触覚」。石膏の柱から手が伸びていて、握手をするとその手にまつわる記憶の映像が流れるという作品を作りました。映像学科や写真学科と連携して、アイデアを出し合いながら作り上げました。

デザイン学科の仲間たちと開催した500枚のイラスト展も、今につながる経験となった。

吉兼:イラストを1人100枚ずつ描いて展示したんです。当時のメンバーはみんな今、広告業界の第一線で活躍してます。ライバルであり、仲間であり、お互いを刺激し合える存在ですね。

大学3年生のとき、非常勤講師でCMプランナーの繁田智雄氏と出会ったことが、吉兼氏の進路を決定づけたという。

吉兼:講義でCMプランニングの面白さに触れて、「これだ!」と思いました。あらためて広告は人の心を動かすんだって気づいたんです。

現在は繁田氏の後任として、東京工芸大学の非常勤講師を務めている。

吉兼:まさか自分が教える側になるなんて思ってもみなかったです。10年以上経っても僕のことを覚えていてくださった先生に感謝しています。

転機になったオープンハウスのCM

15年以上担当するオープンハウスのCMから(画像提供:吉兼啓介氏)
15年以上担当するオープンハウスのCMから(画像提供:吉兼啓介氏)

就職活動では広告代理店だけでなく、映像制作プロダクションやデザイン事務所も幅広く受けた。最終的に内定を得た2社から博報堂を選んだ。

吉兼:入社後は、弟子のような形でクリエイティブディレクターのもとで企画を出す毎日が始まりました。1回の打ち合わせに100本のコピーや企画を持っていくんですよ。それを4〜5回繰り返してクライアントへのプレゼンになるので、1案件で500案くらい出してましたね。同時に10社ぐらい担当していたので、寝る暇なんてなかったです(笑)。

そんな中、若手を対象にした社内選考で、約20人の候補から吉兼氏のCM案が選出されることになった。商品は森永乳業のケーキアイス「ビエネッタ」。アイスクリームとチョコがさざなみ状に波打つように重なり合った、高級感のある形状が特徴的な商品だ。

吉兼:高級といえば貴族というイメージと、商品の形にヒントを得て「貴族がアイスを潰して製造している」という、めちゃくちゃくだらないアイデアなんですけど(笑)。社内でも話題になって、初めて名前を知ってもらえた仕事でした。

このとき培った「わかりやすく、面白く」というコンセプトは、今の仕事の軸になっているという。

吉兼:CMはわずか数秒でメッセージを伝えないといけない。だから、見た瞬間に「面白い」「高級そう」というイメージを感じてもらえることが大事。思いつきのように見えて、実はちゃんと商品の特長やターゲットに紐づいてるんですよね。

転機となったのは、住宅会社オープンハウスのCMだった。入社2〜3年目に企画メンバーとして呼ばれ、社長へのプレゼンに同行する立場から始まった。

吉兼:ある日、プレゼン中に社長が質問してきて、クリエイティブディレクターの横から口を挟んだら「お前いいな!」と言われて(笑)。そこからずっと担当しています。

それ以降、15年以上にわたって担当。織田裕二や松田翔太、木村拓哉、堺雅人らが起用され、話題のCMシリーズとして定番になった。住宅のCMなのに登場する俳優は「家族臭」のない顔ぶれで、そもそも家族が出てこない。子どものいない共働き夫婦をターゲットにしていることがうかがえるタレント起用だ。

吉兼:オープンハウスの社長はとにかく合理的に動く方です。そのぶん、信頼されると任される範囲が大きくなる。今では「好きにやってくれ」って言ってもらえるので、すごくありがたいです。

クリエイティブで技術や形式よりも大切なこと

日清食品「ラ王」のCMから(画像提供:吉兼啓介氏)
日清食品「ラ王」のCMから(画像提供:吉兼啓介氏)

ところで、近年はCMの在り方も大きく変わってきた。広告はスキップ可能になり、現場でも生成AIの映像も普及している。こういった変化をどう見ているのだろうか。

吉兼:開始6秒でスキップされる時代だから、冒頭に言いたいことを全部入れてくれ。とクライアントから言われることもあります。でも、技術や形式よりも「人の心を動かせるか」が一番大事。そこは変わらないと思っています。

そのためのアイデアとは、ゼロから生まれるものではなく、日常の延長にあるという。

吉兼:僕はビールも発泡酒も美味しいと思うし、安い回転寿司店も楽しいと思うんです。高級なものだけじゃなく、「日常の感覚」を忘れないようにすることは心がけていますね。それが視聴者の共感性につながるし、「面白いけどちゃんと伝わるCM」につながると思うんです。

一方、東京工芸大学で教壇に立つようになった今、若い世代との交流から気づくことも多いという。

吉兼:今の学生は感覚が柔らかいし、視野も広い。でも、やっぱり量をこなす経験が少ない。CMは数秒で勝負する世界だからこそ、たくさん考えて、たくさん失敗してほしい。最初から完璧なアイデアなんて存在しないんです。

今は生成AIが発達し、誰でも簡単にそれらしい映像が作れる時代ではある。だが、人間にしかできないことは確実にあるという。

吉兼:愛されるCMはやはり人間が作ると思っています。論理だけでなく、ちょっとした間とかズレ、体温みたいなものが、見ている人の感情を動かすんですよね。

そんな吉兼氏が広告制作で大切にしていることはーー。

吉兼:関わる人みんながハッピーになれることですね。CMはクライアントが喜び、視聴者が笑い、作り手も誇りを持てる。そんな「三方良し」の仕事は、なかなかないと思います。だからこそ、全力で「面白く、わかりやすく」を貫きたいと思っています。

取材・文:佐々木広人
撮影:影山あやの

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