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国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第3回はインタラクティブメディア学科卒業生でイラストレーターの陳由莉さん。

デジタルとアナログを往来してグッズを生み出す、クリエイティブの源泉を探った。

国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第3回はインタラクティブメディア学科卒業生でイラストレーターの陳由莉さん。

デジタルとアナログを往来してグッズを生み出す、クリエイティブの源泉を探った。

第3回 イラストレーター

陳 由莉 ちん ゆり

1996年生まれ。生まれも育ちも東京都大田区。 2015年に東京工芸大学芸術学部 インタラクティブメディア学科に入学。 卒業後はWebエンジニアとして働きながらイラストレーターとして作家活動を続け、猫をモチーフにしたオリジナルキャラクターが人気に。 SNSのほか、テレビ番組でも話題に。2024年6〜7月には都内で個展を開催。東京工芸大学芸術学部の非常勤講師も務めている。

長く愛されるキャラを目指して
グッズ制作に込めた一途な想い

個展であえて「グッズができるまで」を披露

イラスト、写真、音楽、文章……クリエイティブの世界にはたくさんの優れた表現者がいる。
職人的、超人的に極められたスキルと発想を世に送り出すことで、時として大きな賞賛、喝采を浴びることになる。 だが、忘れてはいけない重要なポイントもある。
そのクリエイティブが必要な人に適切に届けられるかどうか、である。

 イラストレーターの陳由莉さん(28)が手がけるのは、かわいい猫のキャラクター。 主人公と仲間たちの「ほのぼのとした日常」を描いたもので、2016年にLINEスタンプから生まれた。

実質的なデビュー作品だが、陳さんはこのシリーズ一本で活動を続け、これまで少なくとも150種類以上のグッズを世に送り出している。
2024年6〜7月には都内の書店で「グッズのつくりかた」をテーマにした展示を開催し、アイデアのメモや設計図までを惜しみなく披露。
「アイデア募集」と題したノートも用意され、来場者が自由に書き込めるようにした。

陳:今回の展示では、グッズのアイデアをみなさんから募集して実際につくってプレゼントしよう、という企画を、展示が始まる3日ほど前に思いついたんです。 ノリでやっているところもあるのですが、グッズを買ってもらった人にはそのキャラクターとずっと一緒にいてほしいし、小さい子が大きくなってもキャラクターのことを覚えていてくれると良いなと思っています。 わたし自身、グッズの製造過程を知るのが好きでこの展示を企画しましたが、今わたしが講義を担当している学生たちにも見てほしいなという気持ちもありますね。

2024年6〜7月に開催された展示会場にて。ラフデザインが「カタチ」になるまでが随所に示されている
2024年6〜7月に開催された展示会場にて。ラフデザインが「カタチ」になるまでが随所に示されている

デジタル講義にアナログのつくり上げる感覚を

陳さんは2024年4月から東京工芸大学芸術学部 インタラクティブメディア学科で非常勤講師を務めている。 科目は「デジタルファブリケーション演習」。
レーザーカッターや3Dプリンターなどを使い、デジタルデータをもとに作品を制作する実習講義だ。

陳:大学に戻ったのは5年ぶりです。少しためらいはあったんですけど、デジタルファブリケーション演習は、わたしの中で大学時代のトップ3に入るぐらい好きな講義だったんです。 インタラクティブメディア学科ではデジタルの講義が多く、デジタルで完結させることが多いんですが、この演習ではアナログに出力します。 実際につくり上げる感覚がいいんですよね。レーザーカッターや3Dプリンターはこの講義を受けないと使えないですし。

 でも、コロナ禍を挟んでだいぶ様変わりしましたね。わたしの在学中は先生が1人だけで教えてたんですが、今は先生2人とアシスタント1人の3人体制になりました。 今日の講義では、もう一人の先生がメインのパートを受け持っていたので、わたしも学生と一緒に学ぶような感覚でした。
自身が在学中に面白かったという実習も復活させたという。

陳:たとえば「観察スケッチ」。100均(100円ショップ)で部品が動くものを人数分買ってきておいて、その中から好きなものを選んでもらうんです。 ペンならノック式の可動部品とか。学生たちにそれを観察してもらいながら、なぜ動くのかを知るために分解したりして、スケッチしてもらうんです。 プロダクトに近い学びを得ることが、デジタルファブリケーションでの制作に役立つんですよね。

 その他には「推しのアクリルスタンドを作る」という課題もやりました。 とりあえず自分の「推し」を見つけてきて、その人のアクリルスタンドを楽しくつくろうと。中には学部長のアクリルスタンドをつくった学生もいました(笑)。

そんな陳さんも幼い頃はイラストを描くのが好きな子どもだった。

陳:小学校では図工が大好きで、休み時間とかも自由帳に何冊も何冊もイラストをひたすら描いていましたが、やりたいことはコロコロ変わっていました。 都立工芸高校のデザイン科に入って、WebとかFlashをやる授業があってインタラクティブ系が面白いなって思ったり、CGを始めた友人に影響されたりもして、デジタル分野にも興味を持つようになりました。 Web、CG、サウンド、インタラクティブアートの4部門が包括的に学べるインタラクティブメディア学科に入学するのは、ある意味、自然な流れだったかもしれない。

陳さんがWebエンジニア時代に手掛けた作品の一部(画像提供:ピラミッドフィルム クアドラ)
陳さんがWebエンジニア時代に手掛けた作品の一部(画像提供:ピラミッドフィルム クアドラ)

オリジナルキャラクター誕生の意外な舞台裏

陳さんには大学入学前から「夢」があった。それは「リラックマ」や「すみっコぐらし」で知られるキャラクター事業を展開する企業への入社。
実際、同社の新卒採用面接に挑戦し、最終選考で終わってしまったのだが、この間の活動が思わぬ展開に結びつくのだ。

陳:「本当に入社するためにはどうしたらいいんだろうと思って、キャラクター制作の経験を積もうと思い、大学2年生だった2016年にLINEスタンプをつくって販売しました。 それが今の猫のオリジナルキャラクター。就活で入りたい企業に入るために、練習というか、経験を積みたくて描いたキャラクターなんです。 でも、制作を続けていくうちに、だんだん思い入れが強くなって、みんなに愛されるキャラクターに育てていこうと思ったんです。おかげさまで地道に長く愛されるキャラになり、本当にありがたいなと思っています。

 大学卒業後は「ピラミッドフィルム クアドラ(PYRAMID FILM QUADRA)」に入社。Webのフロントエンジニアをやっていました。 平日はその仕事をしながら、休みの日などにキャラクターを描いたりつくったりする生活をしてました。平日はもう完全に仕事。 ただ、Webサイトだけでなく、体験型コンテンツに関わる仕事も多い会社だったので学ぶことはとても多く楽しかったですね。

イラストレーターとWebエンジニアの「二刀流」となった陳さん。キャラクターと関連グッズの制作が本格化していく。

陳:最初のグッズはLINEスタンプを小さいステッカーにしたものです。 当初はキャラクターをそんなに増やすつもりはなくて、LINEスタンプは2匹のキャラクターでやっていました。 そこからエイプリルフールで作った新しいキャラが好評になって定着しました。 その後も、麦茶の日などの記念日にかけたり、イベント会社からイベントキャラの制作を依頼されたりと、コラボレーションが増えていったんです。
2024年6月には思わぬ形でテレビ出演も果たすことになった。

陳:イベントに出展していたら、取材に来ていた情報番組に出演中のタレントさんがたまたまブースを訪れてくれて、「作者ご本人なんですね。 ぜひインタビューしましょう」みたいな流れでそのままテレビに使ってもらったという感じでした。

自身を「嫌いなものが少なく、だいたいのことに興味が持てるタイプ」と評する陳さん。この寛容力もコラボの源なのかもしれない
自身を「嫌いなものが少なく、だいたいのことに興味が持てるタイプ」と評する陳さん。この寛容力もコラボの源なのかもしれない

制作に影響を与えたのは「川崎フロンターレ」

企業やイベントとのコラボによるグッズ展開を進めていくなかで、陳さんが「影響を受けた」と話すのが「川崎フロンターレ」。 言わずと知れたサッカーJリーグの名門チームで、本拠地は陳さんの地元・大田区の隣町だ。陳さん自身が熱心なサポーターでもある。

陳:川崎フロンターレはグッズ販売やプロモーションの仕方が他のチームよりも幅が広いというか、何かしら関連していれば気軽にコラボするように感じます。 それを見てわたしも、大田区つながりとか、もう単純に猫つながりとか、あとはブースが隣にあったから何かしようとか、そういうノリでやっています。 イベントだけのグッズをつくろうとも考えちゃいますね。フロンターレは試合でも毎回何かしらのテーマを決めてお客さんを呼ぶなど、本当に面白い取り組みをしていると感心します。

川崎フロンターレは2022〜2023年、銭湯の利用促進企画「いっしょにおフロんた〜れ」を昨年に続いて実施。 地元の銭湯で構成される川崎浴場組合連合会だけでなく、川崎市に隣接して「銭湯特区」を標榜する東京都大田区の大田浴場連合会とも協力、イベントで盛り上げるなど巻き込み力を発揮した活動が盛んだ。

陳:最近は淡々とイラストを描くよりは、グッズ制作やコラボのほうが好きだなと。 肩書きはイラストレーターじゃなくて、グッズクリエイターとかのほうがいいんじゃないかなと思い始めました(笑)。

コラボや商品化が進むと、オリジナルキャラクターの世界観に良かれ悪しかれ影響が出かねないものだが、その辺はしっかり見据えている。

陳:夢を絶対かなえたいとか、いつまでにやらなきゃといった気負いはあまりないです。やれるときにやろうという感じです。 パッケージを作りたいなとか、やろうと思えばかなえられそうな、ちいさな夢はたくさんあります。

 最近出展するときに「どんどん有名にしていくのが夢ですか」などと聞かれるんですけど、有名になりたいというよりも、オリジナルキャラクターであるこの子たちを長くつくり続けたいです。

文:佐々木 広人
写真:影山 あやの

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