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国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第10回に登場するのは、アニメーション学科卒業生の久保雄太郎さんと米谷聡美さんだ。夫婦であり、アニメーション作家であり、共同制作者でもあるお二人。学生時代の思い出や作品へのこだわり、共同制作のスタイルなどを語ってもらった。

国内外のアートシーンで活躍する卒業生たちを追った連続インタビュー企画。第10回に登場するのは、アニメーション学科卒業生の久保雄太郎さんと米谷聡美さんだ。夫婦であり、アニメーション作家であり、共同制作者でもあるお二人。学生時代の思い出や作品へのこだわり、共同制作のスタイルなどを語ってもらった。

第10回

久保雄太郎/米谷聡美 くぼ ゆうたろう/まいや さとみ

久保雄太郎:1990年、大分県出身。東京工芸大学芸術学部アニメーション学科、東京藝術大学大学院でアニメーションを学ぶ。手描きの線やアナログ素材を活かした独自の表現で、短編・長編アニメーション、MV、CMなどを制作。『石けり』『00:08』などで国内外の映画祭にて受賞。2022年には『とつくにの少女』で長編作品の共同監督を妻の米谷聡美さんと務め、観客賞を受賞。アニメーションの構造と音楽の関係性を探求する作品を数多く手がけている。

 

米谷聡美:1990年、宮城県出身。東京工芸大学芸術学部アニメーション学科、東京藝術大学大学院にてアニメーションを学ぶ。久保さんの1年後輩。パステルや色鉛筆などアナログの素材を活かした柔らかい描線と、繊細な心理描写に定評がある。短編アニメーション『てのひらの春』や『The closet』などで注目を集め、数々の映画祭にて上映・受賞。2022年には『とつくにの少女』で長編作品の共同監督を務め、国内外で高い評価を得る。

手触り感をデジタルに乗せて
アニメ作家が語る「現代的制作論」

原点は作品の「世界観」と「舞台裏」

1990年生まれ、東京工芸大学アニメーション学科卒業、東京藝術大学大学院修了、そしてアニメーション作家へーー同じような経歴の久保雄太郎さんと米谷聡美さんだが、アニメーションとの出会いと受けた印象は微妙に異なる。

久保さんがアニメーションに惹かれたのは、小学校低学年の頃だった。

久保:「トムとジェリー」など、アメリカのカートゥーンをテレビでよく観ていました。しゃべっていなくても、表情や動きだけで登場人物の感情がわかる。それがすごく面白くて、無意識のうちに「絵が動く」ことの面白さに惹かれていきました。

大学でアニメーションを学ぶきっかけを与えたのが、1995年に放送された「新世紀エヴァンゲリオン」との出会いだった。

久保:それまでロボットアニメには興味がなかったんです。でも、アニメの「ベスト100」を選ぶ番組で上位にランクインしていて、気になってレンタルしたら……なんだこれは、と(笑)。作品の世界観や構造、演出の全てが、それまでのアニメの印象を覆しました。

一方、米谷さんの原体験は、幼少期に映像作品の「舞台裏」に触れたことだった。

米谷:ディズニー映画のメイキング映像だったと思うんですけど、アニメーターの方が実際に身体を動かして演技を決め、一枚一枚紙に絵を描いて動かしているのを見て、「こんな風にして映画ってできてるの?」と衝撃を受けました。それまで映画は自然現象のようなものだと思っていたので(笑)。そこから「自分でも描いてみたい」「動かしてみたい」と思うようになりました。

作品の世界観と舞台裏。衝撃を受けたポイントは異なるが、それぞれに強烈な初期衝動を抱えながら、やがて東京工芸大学のアニメーション学科で出会うことになる。久保さんが2年生、米谷さんが1年生の時だ。

大学時代に「表現の本質」を意識

卒業制作のイメージボード。米谷さんは紙にパステルで作画(画像左)。久保さんは紙にオイルパステルとクレヨンで作画した(画像提供:久保さん、米谷さん)
卒業制作のイメージボード。米谷さんは紙にパステルで作画(画像左)。久保さんは紙にオイルパステルとクレヨンで作画した(画像提供:久保さん、米谷さん)

高校時代にマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットの短編アニメーション「岸辺のふたり」と出会い、「アニメには言葉を超える力がある」と実感した久保さんは、迷わずアニメーションを専門的に学べる東京工芸大学を選んだ。工芸大のカリキュラムでは、実写やCGなど多様な手法に触れられるが、惹かれたのは手描きによる表現だった。

久保:CGにも挑戦したけれど、やっぱり手で描いたときの感触が自分に合っていたんです。鉛筆の線のかすれとか、インクのにじみが持っている偶然性に惹かれました。意図して描いたもの以上に、偶発的に生まれる線におもしろ味があるような気がして。

一方、米谷さんはオープンキャンパスでアニメーション制作体験に感銘を受けて、東京工芸大進学を決意する。

米谷:テレビアニメの作り方を学ぶと思っていたので、「自分ひとりで物語を考え、作画し、音もつけて一本の作品を完成させる」という制作スタイルに驚きました。そこからは自分の中にあるものをどう引き出して、どう表現するかを考え抜く時間が増え、「何を描くか」「なぜ動かすのか」といった表現の本質に意識が向くようになりました。

米谷さんから見た久保さんは。「アナログで勢いのある絵を描いていて、ゼミの発表や展示のときにも一目置かれていた印象」だったという。

久保:僕は彼女の作品が印象に残っていて、パステルを使った絵に柔らかさと芯の強さを感じました。紙に色鉛筆やパステルで丁寧に描かれていて、綺麗な絵だな、と気になっていましたね。

ここから二人は「手描き」というアナログ的な制作志向や美意識に共鳴するようになる。アニメーション作家でもある古川タク先生(当時)の研究室に所属。互いの制作の話をすることで、理解が深まった。

在学中、久保さんには「作品を人に見せること」を意識する出来事があった。

久保:大学2年の時、フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭に観客として行ったんです。そこで、作家としてステージに立つ日本人の姿を見て、「自分もここに立ちたい」と強く思いました。映画祭は作品が人と人を結びつけてくれる場所であり、作品は自分をいろいろな所に連れて行ってくれるという感覚を強く抱くようになりました。

二人は東京工芸大学卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻に進学。工芸大では「手で描くこと」を起点に表現を探っていた二人だが、藝大ではより構造的なアプローチが求められた。

久保:音楽構造をアニメーションに置き換える研究をしていました。反復や対比、展開といった音楽の語法を、映像の時間軸に活かせないかと。自分の頭の中では完璧な設計だったのに、実際に作ってみたら全然伝わらない(笑)。そのギャップに打ちのめされましたけど、そういう失敗から学ぶことも多かったです。

米谷:私は自分の「らしさ」をもっと探りたくて進学しました。講義ではコンセプトを言語化することも多くて、内省する時間が増えた気がします。

大学院修了後、二人はいったん別々の道を歩んだ。久保さんはフリーランスで制作を続け、米谷さんは短期間ながら企業に就職したこともあった。

米谷:就職してみたことで、自分にとって「描く」ことがどれだけ大事だったかを再確認できました。久保が声をかけてくれたこともあり、フリーランスという形でアニメーション制作に取り組むこととなりました。

久保さんが声をかけた理由の一つは、米谷さんの「描く速さ」や「表現力」はもちろんだが、これまでのアニメーションを学んできたバックボーンの部分や、互いに多くの世界のアニメーションを見て学んできた分、共通言語のようなものへの理解があり、ストレスなく制作をする事ができたからだ。

相手を説得できたほうのアイデアが優先

ヨルシカのMV「月光浴」のワンシーン。©UNIVERSAL MUSIC
ヨルシカのMV「月光浴」のワンシーン。©UNIVERSAL MUSIC

現在、二人はアニメーションは言うに及ばず、MV、CM、短編作品などの共同制作者でもある。たとえば、ヨルシカのMV「月光浴」では、久保さんが監督、米谷さんが美術監督・キャラクター原案を担当。一方、YOASOBIのMV「祝福」では、久保さんがアニメーションディレクターを担当し、米谷さんと共同でコンセプトボードとして参加している。

その関係性は、分業というより共鳴のほうが近いかもしれない。制作スタイルはプロジェクトごとに柔軟に変化し、「相手を説得しきったほうのアイデアを採用する」という暗黙のルールもあるという。

久保:演出、構成、美術、撮影まで全部一緒に考えることもあれば、彼女がキャラクターデザインを主導したり、僕がストーリーボードを描くこともある。

米谷:共同作業って意見がぶつかりそうだと思われがちだけど、私たちは逆に「一人では出てこないアイデア」を生み出せる場だと考えています。どちらかが完全に折れるということもなくて、どこかで自然と着地点が見つかるんですよね。

二人の強みは「アナログの手触りをデジタルでも表現できること」にあるだろう。仕上がった映像からは温もりが伝わる──そんな質感づくりには定評がある。

久保:手描きらしさや、少し滲んだ色味、紙の質感みたいなものを、デジタル上でも再現できるよう工夫しています。

それでいて、互いの守備範囲を広げ合える強みがある。「米谷のほうがキャッチー」「久保の方が抽象的」と自他ともに認めつつ、双方のスタイルを組み合わせられるのは大きな武器だろう。

二人が共同監督した「とつくにの少女」のシーンから。©2022 ながべ/マッグガーデン・とつくにの少女製作委員会

 

2022年には、久保さんと米谷さんの共同監督による長編アニメーション「とつくにの少女」が劇場公開され、大きな反響を呼んだ。耽美的な世界観と静謐な演出、徹底したアナログ描写は高く評価され、国内外の映画祭でも上映された。そしてその年のアニフィルム・アニメーション国際映画祭<長編部門>国際コンペティションで「観客賞」を受賞した。

久保:長編制作は、構成力や時間管理、チームとの連携など、短編とはまったく異なる力が求められます。その中で自分たちのアートスタイルを活かしつつ作り切るのは難しいけど、やりがいも大きかったですね。

米谷:観てくださった方から「絵本を見ているようだった」「原作をよみたくなった」「続きを見たい」といった感想をいただいた時、本当に挑戦して良かったと感じました。

今後についてたずねると、二人とも「ゼロから物語をつくってみたい」と語る。

米谷:たとえば、原作ありきではなく、自分たちでストーリーを考えて、キャラクターを生み出して、世界観を設計していく。まだ時間はかかりそうだけど、完全オリジナルの長編にも挑戦したいですね。

久保:最近、すごく手を動かしたいと思うんです。アニメ制作もデジタル作業が多くなっていて、紙に触れる機会が減ってきたから。物理的な質感と向き合うことも、次の作品につながる気がしています。版画美術館に刺激を受けて「版画制作」にも関心があるんです。

やはり二人が求めるのは「手触り感」のようだ。

久保:自分たちはアニメーション作家である前に「絵を描く人間なんだ」と感じることがあります。手で描いていると、自分の呼吸や体温が線に乗っていく感覚がある。それはデジタルでは完全に再現できないものかもしれません。

米谷:私も何かを「完璧に再現」するよりも、「感じさせること」のほうに惹かれるんです。にじみやズレ、塗りムラ……そういった「うまくいかなさ」にこそ、表現の本質があるんじゃないかとも思うんです。

そんな二人の「ゼロからの物語」をぜひ見たいものだ。

取材・文:佐々木広人
撮影:影山あやの

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